兆吉「…親父は、とっくに亡くなりました。以来、私の母は、苦労の連続で、私を育ててくださいました」
兆吉「中学しか出てない私に、何度も何度も、夢だけは捨てるな。明日を生きろとおっしゃいました。私の夢とは何なのか？ 毎日毎日考えても見つかりません。途方に暮れた私は、銀座の街をうろつき回り、気が付くと、映画館の椅子に腰を下ろしていたんです。見ると、スクリーンには、白黒の映画がかかっていて、破産寸前の主人公が、橋から身投げして、死のうとていました。
それを助けたのが天使でした。
天使は、主人公が死んだ後の、母や弟の悲惨な姿を見せてくれて…私が、生きて…一所懸命生きてるからこそ、皆が喜び、幸せになれることを教えてくれたのです。
私は、あんな映画に出たいと思いました。ジェームズスチュアートのような役者になりたいと思ったのです。それが私の夢の発見でした。
それからの私は、自分で言うのもはばかられますが、努力に努力を重ねて、生きてきました。
劇団に入団し、役者となり、やがて、映画にも出て主役の座をかち取りました。
それは、ひとえに、母親に楽をさせたい。出来ることなら、私と関わったすべての人を、幸せにしたいと言う思いからでした。
しかし、人生は、あっと言う間だと知りました。
出来ることには限りがあり、這い上がった先には、転落が待ち構えている。
いつだったか、ロンドンで観た、ローレンスオリヴィエの芝居を思い出しました。いつか、一度でいいから、ああいう芝居をしてみたい…」
兆吉「…それも、今では、叶わぬ夢…」
兆吉「…私を、ホームに戻して欲しい」
兆吉「これからの人生、私は私の思い出の中だけで、生きて行きたい」
兆吉「妻や、母親や、弟や、娘や…みんなの思い出の中だけで、生きて行きたい」
兆吉「監獄のような、壁だけの部屋で、たったひとり…」
シーン57 兆吉（仲代氏）台詞より
脚本・監督：小林政広
音楽：佐久間順平
撮影：神戸千木
録音：小宮 元
編集：金子尚樹
助監督：石田和彦
制作：棚瀬雅俊
桑畑兆吉：仲代達矢
木下行男：阿部 寛
由紀子：原田美枝子
工藤：小林 薫
伸子：黒木 華
撮影：2016年6月 石川県
公開：2017年6月