『殺し』 ”Film Noir”

石橋凌と、『殺し』
石橋凌という映画俳優は、とても不思議な人で、僕は初めてこの人と仕事をしたわけですが、作品が完成した今になっても、まだまだ理解出来ない人です。俳優としての石橋凌も、普段の石橋凌も、大胆さと謙虚さを兼ね備えているのですが、その変わり様に段階がなく、まるで忍者の様に次の瞬間、別の処に行ってしまっている印象を受けます。
役者馬鹿という言葉がありますが、現在の日本の映画俳優で、役者馬鹿と言える人は数少なく、その数少ない役者馬鹿の、しかも筆頭に、石橋凌はいるに違いないのです。
彼の様な人に、過剰な演出は必要ないので、演出家であればもの足りなさも覚えるのかも知れませんが、僕は幸い、監督であれ、とうてい演出家だとは思ってもいないので、楽に、楽しく、彼と仕事をする事が出来ました。こわもての彼ではありますが、実際のところは心優しいお父さんで、酒を飲む前には、ソルマックを飲むことも忘れてはおらず、そういう点で、全てに周到で、注意深い人でもあります。そんな彼の細心さが一体どこから出て来ているのか、僕には判りません。それでも想像する処、やはり彼の、ミュージシャンとしての長年の積み重ねが影響しているのではないかと思います。
彼はシンガーソングライターとして生きて来ました。つまり身をけずって、歌を書いて来た人です。休止の期間があったとしても、彼はシンガーソングライターとしての自分を捨てなかった。いや、捨て去ることが出来なかった人です。だからこそ、映画俳優としての石橋凌には、大胆さと謙虚さという二律背反が存在しているのです。
僕は最初に彼と会った時、ようやく年代の近い、共通の言語をもつ俳優と出会った事で、小躍りし、これから一緒に沢山映画作っていきましょうと云いました。
まずは手合わせの一本。それが『殺し』です。
確信的共犯関係の中で、映画を作る事。それが成し得た『殺し』は、僕の商業映画デビュー作でもあります。
小林政広 2000年

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脚本:小林政広
撮影監督:佐光 朗
照明:木村匡博
録音:瀬谷 満
効果:福島行朗
編集:金子尚樹

石橋 凌
大塚寧々
光石 研
山本隆司
深水三章
緒形 拳

撮影:2000年2月 北海道 増毛町・苫前町
公開:2000年11月