『幸福』 ”The Happiness”

Director’s Statement
「幸福」は、もちろん、アニエス・ヴァルダ監督の「幸福」から、借用したタイトルです。
ヴァルダ監督の「幸福」を最初に見たのは、今から、三十年ほど前。その時は、何が何だか判らなかったのですが、歳をとり、何年かに一度、この映画を見て行くうちに、この映画が、凄く恐ろしい映画だと言うことを知ったのです。
今は亡き野村芳太郎監督と、お話したとき、野村監督が一番好きな映画がヴァルダ監督の「幸福」だと知りました。ドキュメンタルな視点で、冷徹に人間を見詰め、数々の傑作を作られた野村監督の作品と、ヴァルダ監督の「幸福」には、相通ずるものがあるようです。僕にとって、野村監督、ヴァルダ監督は、僕にないものを持っている、いわば反面教師のような存在なのです。

この映画「幸福」は、苫小牧市勇払で2005年8月に撮影された作品です。
勇払での撮影は、三本目になります。
当初、この映画のシナリオには、「雪国」と言うタイトルが付けられていました。
冬に撮影する積りだったからです。文字通り、雪の中での撮影を考えていました。
しかし、初稿をあげて、資金集めにとりかかっても、一向に具体的には、ならなかったのです。僕は、この映画の撮影を、一年伸ばし、その代りに、「バッシング」を作りました。
「雪国」が、「幸福」に変わったのは、2005年のカンヌに「バッシング」が出品され、帰国してからです。
突然、出資者が現れたのです。
しかも、直ぐに撮影に入って欲しいと言われました。
僕はこの機会を逃したら、永久に「雪国」は、映画にならないと判断し、直ぐに、シナリオの改訂作業に入りました。
とは言え、それほど直すところもなく、唯一直したのが、冬の設定を、夏に変更したぐらいです。
その時点で、タイトルが、「幸福」に変更されました。
ロケ地は、苫小牧市勇払。
でも、僕は、夏の北海道へは、行ったこともなかったのです。
あれこれと頭の中でイメージを拡げていくうちに、『大人のためのファンタジー』としての要素。雪に変わる何かが、どうしても必要だと思いました。
そこで、勇払を、白夜の町に変更したのです。
一日中、陽の沈まない幻想的世界。
そこで巻き起こる、孤独で、貧しい男女の愛。
この映画を作りながら、僕は僕自身に「幸福とは何か?」を、絶えず問いかけました。
答えは、何も出てきませんでした。
でも、毎日毎日、禅問答のように繰り返したのです。
いつも悩みに悩むラストシーンの撮影日。

僕は、シナリオを、例によって変更し、ある答えを、見つけました。
それは、見方によっては、ハッピーエンドととれるかも知れませんが、「幸福」そのものが、幻想なのだと言う、ヴァルダ監督の「幸福」で出した結論に、無意識に近づいていたんだと思います。
この映画は、「バッシング」に続いて、女性の視点で、描かれた映画です。
自作の映画に、愛しさを感じたのは、初めての事です。
この映画がたくさんの人たちに愛される映画になることを、願ってやみません。
小林政広 ダビングを控えて。2005年

photo

監督、脚本:小林政広
音楽:AKEBOSHI/デビッド・マシューズ
撮影監督:鏡早智
録音:秋元大輔
編集:金子尚樹
助監督:高橋孝之介
制作主任:川瀬準也

矢島健司:石橋凌
浅井品子:桜井明美
柚木久雄:村上 淳
佐藤幸恵:橘実里
久保田:柄本明
酒井信夫:香川照之

撮影:2005年8月 北海道苫小牧
公開:2008年9月